ニセコで得たもの
今年2月にニセコに渡り、ニセコなだれ調査所の新谷さんを尋ね
防災科学研究所の研究員の皆さんとお会いして雪崩について語り合った。
なぜニセコに渡ったのか同行した後輩がレポートを書いてくれたのでブログに転載したいと思う
20230220~0222
去る 2 月 20 から 22 日、国内雪崩界の先駆者である新谷さんのところにお邪魔した。 白馬で雪崩を探求する森山さん、防災科学技術研究所(以下防災科研)、大学の研究者が一同 に会す機会だった。
今回集まった方々に共通するのは、雪崩事故防止に携わっているということだ。 新谷さんはニセコの地で何十年もの間ずっと雪を見て、シーズン中「ニセコ雪崩情報」を毎日欠か さず発信している。 森山さんは白馬で雪崩管理をしてゲレンデの安全を守っていると同時に遭対協に所属している。 研究者の皆さんは、研究室で疑似的に積雪のモデルを形成したり、現場でデータを取ることで、 事故防止に繋げようとしている。
会話をする中で、雪崩事故防止にはものすごくたくさんの要素が含まれていると感じた。 だいたいは大きく 2 つに分けられる。 まず「雪崩に対する科学的な理解」、そして「人間への理解と配慮」だ。 どちらか片方が欠けたり間違っていたりすると、雪崩事故防止はできないな、と思う。
「雪崩に対する科学的な理解」は、 例えば雪崩発生のメカニズム、積雪が不安定になる要因、不安定な積雪の構造などについて。 基本的なことは分かっているが、まだまだ解明されていないことはたくさんある。 雪崩を知るには雪崩をたくさん見る必要があるけれど、雪崩が発生した瞬間を目撃するケースは 稀だ。フレッシュな雪崩に普通はなかなか遭遇できない。
雪崩が観測されると研究者やガイドなどが、弱層や滑り面などの調査を行っている。 しかし雪は日射や気温、風など様々なものから影響を受けて刻一刻と変化していくため、時間が たってからの調査ではどうしても分からないことがある。 実際に発生する雪崩を見るにはリスクが伴うけれど、実物を見なくては分からないことがたくさんあ る。
見たいけど、巻き込まれると危ない。 雪崩研究のジレンマとも言えそうだ。
雪崩管理に携わる森山さんは、現場で多くの雪崩を落として、多くの雪崩を見てきた。 そして、長らく感覚や経験則に頼ってきた日本の雪崩管理を変えようとしている。 観測機のデータ(風速、風向、気温など)をもとに、雪崩の発生しやすさ、種類、規模などを予想し、 現場で検証し、データを蓄積している。 ニセコでは、新谷さんの助言を受けながら、研究者たちが風が積雪に及ぼす影響を長年調査して いる。 最終的には「風がこの向きで何メートルで入っているから高確率でこういう雪崩が出る」というような ところまで精度を高めようとしている。 リソース面など課題は多いが、それができれば雪崩管理者だけではなく、山の滑り手たちにとって もリスクを判断する貴重な指標になるだろう。 雪崩管理者と研究者が協力することで、今までにできなかったことが可能になりつつある。
どういう条件で、どんな雪崩が発生しやすくなるのか。
個人の感覚が科学的なデータで裏付けされることで、防げる事故は必ずある。 そうすれば、雪崩に対する社会の考え方も変わっていくだろう。
ところで今回、たいへん興味深い話を伺ったので、ひとつ残しておきしたいと思う。
今日の日本では「滑り面」や「弱層」という概念で雪崩を説明するのが一般的だ。 だがこれらはどうやら、輸入されたものらしい。 日本にヨーロッパからそうした概念が持ち込まれる以前は、一次雪崩、二次雪崩という考え方が存 在したそうだ。
一次雪崩は降雪中、二次雪崩は降雪後に起こる雪崩を指す。
「吹雪の時に雪崩は起こる」と新谷さんは言う。
それは、森山さんも感じていることだった。
吹雪は、降雪と風という大きな 2 つの要素を持つ。 雪が供給され、風によって飛ばされ、細かく砕かれ、それが風下斜面に堆積し、スラブ化する。 風が強く雪面が叩かれて硬いとき、雪はより砕けやすい。 降雪が多ければ、スラブとなる雪が増えて厚みが増す。 多様な条件のもとでスラブは形成されて、多段的に、ミルフィーユのように、脆く不安定になってい く。 そのとき、ストームスラブともウインドスラブとも言えない、両方をミックスしたような不安定な積雪層 が生まれる。
これを的確に言い表す単語は恐らく今のところ無いだろう。
ヨーロッパと日本では、降雪サイクルや種類が異なる場合が多い。 もちろん南アルプスなどの内陸型の気候条件では、ヨーロッパに似たケースも多いだろう。 でも日本は「JAPOW」という言葉が生まれるほどの大降雪地帯だ。 ヨーロッパには存在しない降雪や積雪パターンが必ず存在する。 ということは、ヨーロッパの言葉を訳して当てはめるだけでは不十分だ。 日本の雪崩を説明するには、もっと違った言葉が必要だと思う。 現場の雪崩管理者と研究者が話し合ったことで、この先、新しい概念や言葉が生まれる予感がし た。
続いて「人間への理解と配慮」について。 これは雪崩を理解するよりも重要で、大変なことかもしれないと思った。
新谷さんは、シーズン中毎日「ニセコ雪崩情報」を発信し続けている。 その日の観測データや注意点を記載し、ただ危険性を訴えるだけではなく、ときに滑り手に考えさ せるような内容が織り込まれている。 その根底にあるのは、雪崩事故を無くしたいという強い想い。 それと同時に、これは新谷さん流の雪崩教育なのだと感じる。 雪崩に巻き込まれた場合、無傷や怪我で済むこともあるが、命が助からないケースもある。 「雪崩事故を防ぐには、人間を理解しなくちゃならない」という言葉が、とても印象に残った。
自分自身や友人のことを考えても、思い当たることが色々ある。 パーティー内でのリスク許容度の違いやコミュニケーション、意思決定は本当に難しいと思う。
スキーパトロールの立場から何かを伝えるときも、上手くいかないことはあった(それは心底滑りた い人に滑らないでと言うので当たり前かもしれない)。 私たちは、同じものを見たとしても同じように感じるとは限らない。 誰かに何かを伝えるとき、どんな方法で、言葉で、形で伝えればいいのか。 どうすればより伝わるのか、相手から引き出せるのか・・・ 挙げればキリがないけれど、まずそもそも人間同士が理解を深め合おうとするのは難しい。 また、本当は危険なコンディションにもかかわらず、「まぁ大丈夫だろう」といった楽観的なバイアス がかかる場合もある。 立場や関係性によっても、コミュニケーションの方法は異なってくるし、言葉を飲み込むこともある かもしれない。
ときには、それが事故に繋がることもあるだろう。
雪崩の講習会では、発生条件やリスク評価など直接雪崩に関係する部分と、万が一巻き込まれた 場合のサーチ&レスキューの話題が中心だ。 しかし、もっと人間同士のコミュニケーションについて取り上げることも必要なのかもしれない。 うまくコミュニケーションがとれなければ、どんなに個人が卓越していても、防げない事故がある。 人を理解しようとすること、伝える努力と工夫をすることは、山では特に大切だと思った。
ニセコと白馬を見る限り、雪崩事故防止は今ちょうど転換期を迎えていると思う。 今までにない気象現象が観測されることが増えているし、コロナが落ち着いて山に入る人が(日本 人も外国人も)増えることが予想される。 雪に対する理解と、人に対する配慮は、これまでとは違ったものが求められる。 防災はいつだって、その時代や状況に合っていないと効果が出ない。 人が冬山に入る限り、雪崩事故はゼロにはならないけれど、今後も雪崩を解明しようと調査をした り、事故を減らそうとする動きは続く。 ほとんど表には出てこないような研究や努力が積もり積もって、これから雪崩の世界がどんな風に 変わっていくのか、一人の山スキーヤーとして見続けていきたい。