故:若林隆三先生「雪崩と生きる」

雪崩の師であり、このブログの共著者でもある
若林隆三先生が12月8日に82年の生涯に幕を閉じ、天へと旅立たれました。

いつかは来ることだと思っていたし、いつかに向けて整えていかなければならないと思って
いた矢先の突然の訃報に膝から崩れ落ちたのを今でも覚えています。

いつかはこの事をブログでも書かなければならないなと思っていましたが
講習会を立て続けに行なっていたこと、年末年始に差し掛かったことで書くタイミングを逃していましたが、先生の研究資料の整理、引き上げを行う中で、先生から伺った話の中で一番大好きな雪崩生態学の話についての資料が出てきたので新年早々書いてみたいと思う

雪崩あればこそ -雪山の生態学入門-

2002年度 雪氷防災研究講演会報文集 P13~16より引用

雪崩の水文学的恩恵

雪崩の大半は自然現象であり、人間が関与したごく少数の雪崩が災害現象として扱われる
水文学の立場から対極的に見ると、日本の山岳に降る雪は、日本周辺の大量の海水を淡水の個体にかえて高所に冷凍あるいは冷蔵する現象としてとらえられよう。
降雨であれば早急に山岳から海へ流れ去るが、降雪であれば山岳域に積雪として留まり、ゆっくりと溶けて春や夏の平野をうるおしてくれる。
この意味で、低いところよりも高くて寒い山岳に大量の雪が降る方が望ましい。

しかし、山岳の積雪は絶えず吹雪と雪崩によって移動して堆積し、残雪期には吹きだまり型雪渓と雪崩型雪渓として残る。
実態として雪崩が融雪を遅らせた姿がそこにある、したがって、融雪水を長期間利用したい人間社会にとって、谷の残雪をもたらす雪崩は大きな恩恵であろう。
この場合、もしも雪崩がなければ「融雪期間がどれくらい短縮されるか」あるいは吹きだまり型雪渓の氷河化が生じて融雪にどう影響するか」などという水文学的な課題が関心事である。

雪崩地でたくましく生きる動植物

筆者は多年にわたる雪崩研究生活の中で、「植生の姿を利用して雪崩の情報を得る」という課題にも取り組んできた。植物の種類や姿勢は雪崩の頻度と関係が深い。
例えばササは、積雪に刺さって雪崩発生に抵抗する期間があり、そして積雪の底面に伏して雪崩発生を促進する時期がある。厳冬期にササ地では早めに全層雪崩が発生し、雪崩で積雪が薄くなり寒さにさらされてササの葉が枯れる。
融雪後にも、全層雪崩の跡だけはササの色で読み取れる、こうして大きな全層雪崩や積雪グライドが毎年繰り返される雪崩常習地では、ササ稈の根元直径が小さくなるという衰弱がみられ、さらにササが地下茎ごと斜面から剥ぎ取られる板状体崩壊もみられる。
南向きの雪崩常習地はこのようにしてササが薄くて雪解けも早く、山菜が早春に萌え出る。
冬眠から覚めたクマが山菜を求めてこうした雪崩常習地に出没する。
猟師はこうした関係を熟知していて、私の雪崩調査の護衛役としてヒグマ1頭を仕留めてくれたこともあった。
逆に初夏には、沢筋のデブリの跡に湿性の植物が生え、消えたばかりのデブリの辺りに山菜を求めてクマが出没する。

雪崩によって破壊された樹木の回復力は旺盛である。下枝の積雪中に残し雪上部を破壊された樹木は、その後に複数の上伸枝を発達させてサボテンに似た「フォークツリー」の樹型になりやすい。
例えば北アルプス栂池高原の山岳林にはオオシラビソのフォークツリーが沢山みられる。
白馬村小日向山雪崩跡周辺では、広葉樹のトチノキ、ブナ、ミズナラなどがフォークツリーの樹型をしており、長年月のスパンをとれば雪崩による森林破壊は珍しくないことを示唆していた。

大雪崩の発生後、デブリに大量の木片と葉片が含まれている。
残雪期のデブリは木片と葉片に覆われていて、しばしば台風の後と間違われる。
時にはカモシカの死体もデブリの中や雪崩道の高木の枝上から発見される。それも沢筋だけではなく、雪崩が乗り越える小高い丘のデブリにも大量の粉砕された有機物が含まれる。
雪崩は森林内に草原やギャップをつくるのに貢献しているだけではなく、大量の有機物を森林、草原、渓流にばらまいている。
その上、ブナ林の上木層が雪崩で破壊されたとしても、低木層や下草は積雪の中で生き延びて光の多い新しい環境の中で旺盛に成長する。
カモシカやウサギなどの草食動物にとっては、雪崩によって草原化が進みエサが豊富になる。
例えば富士山の雪崩跡では梨本真はウサギの食料が多様化して豊かになったことを糞の分析から報告している。
森林が大小の雪崩によって斑に草原化することは、山岳の生態系にとって大きな撹乱現象の一つであり、森林の若返り(更新)と動物のエサの豊富化に貢献している側面がある。
まだまだわからないことは一杯あるが、少なくとも雪崩が無くなれば、森林も草原も動物たちも生活に狂いが生じるだろう。元気を失うだろう。
災害防止の視点からのみ山を管理すること、雪崩の少ないサイレントな山岳、雪崩という山の幸を失った世界は決してバラ色ではないのである。

信州大学農学部附属アルプス圏フィールド科学教育研究センター 新田隆三2002

以上

 

早春に雪崩跡で萌え出る新芽をついばむカモシカを見て
先生は「雪崩は美味しいか?」とカモシカくんに問いかけた。

この話が大好きで大好きでたまらなかった。

雪崩と生きる

私は先生と出会い雪崩生態学のお話をお伺いした時に人生観を変えられた。
2021年の11月に先生が唐突に森山くんとブログを書くことを決めたから、ブログを作成してくれ!との連絡を頂いた(ほんと唐突に笑)

2人で書くブログのタイトルは何がいいだろう?と散々に悩んで悩んで
雪崩の生態学の話を思い出した。

そうだ私たちは雪崩と生きているじゃないか
先生にブログのタイトルは「雪崩と生きる」はいかがですか?とメッセージを送ったら
短く

雪崩と生きる!OK と返ってきた。
後から聞いたら結構気に入ってくれてたみたいですよ笑

雪崩屋:若林隆三
雪崩探究者:森山建吾
の ふたりごともひとりごとになってしまった。
寂しいなぁ〜

今考えれば自分のためにひとつ形に残るものを作ってくださったのだと思う

託されたものがあまりにも大きくて簡単には引き継ぎますとは言えませんが
私の残りの人生で雪崩の何かを掴んで先生に良いご報告が出来るように頑張りたいと思います。

先生さようなら
ありがとうございました。


山岳救助犬ララと若かりし頃の先生

2023年1月1日 森山建吾

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