事故の先にあるもの

この話題はどうしても書きたくなかったが、今がその時なのかな?と書くことを決意した。

写真は2013年GWに白馬大雪渓で発生した雪崩
詳細はネットで報告書が見られるのでそちらで確認して頂きたい
写真のデブリは事故を引き起こした雪崩(表層乾雪雪崩)とは別の雪崩(湿雪雪崩)でデブリの厚いところでは背丈を超えるような所もあった、捜索は難航を極めた。

山岳救助犬育成

話を進める前に過去のお話を少し
2011年22歳の時に山岳救助犬の育成を始めた。
当時お世話になっていた方に山岳救助犬を育成している人を探しているという話があり、自分に白羽の矢がたち、面白そうなので引き受ける事にした。

当時は犬が好きで好きで犬に囲まれていた(みんな懐かしいなぁ〜)

大雪渓のデブリ、凹凸激しく、デブリは氷のように硬かった。

20代は救助犬に全てを捧げる事になるんだけど
当時所属していたNPO法人には夏冬通して捜索の依頼が多く舞い込んだ。

捜索というのも犬を使っての捜索依頼、警察や消防での捜索では見つからず捜索が打ち切りになってしまった案件の捜索依頼が多かった。
というよりそれしか無かった

当時は本当に必死だった、生存救出をしたいからいち早く現場に犬を投入して欲しいと(その願いは最後まで叶うことは無かった)

ここから先は胸を締め付けられる表現や胸糞が悪くなる表現が含まれるかもしれないが現場のリアルを書きたいと思う、読みたくないという方は先に進まない事をお勧めする

遭難救助

夏は夏山常駐隊という長野県独自の組織?(団体?)に入隊していて海の日から約50日間山小屋に常駐して、登山者の登山相談活動や登山道整備、事故があれば救助活動を行なっていた。

当時は常駐隊の中でもトップクラスで遭難救助に出ていて(引いていて)お前が事故を起こしてるんじゃないかって言われていたくらいだ笑

事故が発生したら現場に駆けつけて、状況に合わせて処置を行い、時にはヘリコプターでポイストで引き上げて回収して貰ったり、天候が悪い時は背負い搬送で下まで降ろすという事をやってきた。

当時はそれに華があるなぁ〜と思っていたし、カッコイイとさえ思っていた(岳の読みすぎだな…当時の私はアホだった)

思い返してみるとインシデント一歩手前の事案もいくつもあったな〜と思うし、死を間近に感じる時もあった、それでもやって来れたのは救助活動というのが自分には合っていたと思うし、単純に好きだった。

現場はシンプルで本当に好きだ、救助に携わる人が一丸となって救助という目的に向かって考え、知恵を出し合い、協力する。
困難な状況であっても、経験豊富な先輩や仲間がいると乗り越えられる
要救助者に接触して生きていれば、万々歳!!だし
万が一亡くなられていたとしてもヘリや警察、消防に引き渡せば私達の任務は終了となる。
悔しい思いや、やりきれない想いを感じる事もあったがそれは私達の中の感情であって、できる事はそこまでなのである。

家族の感情に触れることはない

事故の先にあるもの

当時NPO法人ACTに所属して現場に出て一番衝撃を受けたのは
ご家族から直接依頼があるためご家族の感情に直接触れるということ(それが嫌という意味ではない)

遭対協や常駐隊で遭難救助に出る時は警察からの要請があり出動するためご家族とのやりとりを自分達が行う事はない

ある雪崩事故の現場では現場に入る前にご家族に
「うちのバカ息子が本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません、雪崩に呑まれていたとしても雪の中に空間があってまだ生きて」
(書いてて辛くなったから辞めた)

それを言われた時に私は返す言葉が見つからなかった。
現場に入ったのは雪崩発生から数日の時が経っていた

 

ある夏山の遭難事故では
朝駐車場でご家族と待ち合わせてお話をした後に捜索へと山に入った。
捜索に出て1時間もしないうちに要救助者の発見へと至った。
場所的には駐車場から数100mも離れていない場所で、ご家族に発見した旨を伝えるとまだ駐車場にいらっしゃるとのことで息子さんに本人確認を行って貰う事になった。
現場は崖を降りて川を挟んだ先で崖を降りたところから息子さんに確認して貰うとご本人だという事で、一緒に崖を登り返し、ご家族のもとに息子さんは駆け寄り「親父だったよ、まだ生きているかもしれない」というのを聞いた時に

私は言葉を失った。
遭難から発見まで数週間の時が過ぎていた。ご遺体は見るからに…

(捜索で発見に至ったとしても私たちはご遺体に触れる事は出来ない、現状維持で警察へと引き継ぐことになる、私たちが出来るのは捜索のみ)

2つの印象に残っている事例を上げてみた。
家族の感情に触れるというのはあまりにも衝撃的で20代の私の心は深く深くえぐられ、ただただ自分の力不足を恨んだ。

いまだにやり取りを続けているご家族もいらっしゃってお会いする事もある。
その度に思うのは早くご家族にも春が訪れて欲しいなと思う

自己責任

近年は自己責任論を棍棒のように振りかざしてくる人が増えたなと思う

今私が想うのは、好き好んで自分の判断で山に入っている人達が事故を起こしても本望だよなとおもう。自分が好きな事で自分の判断でその結果を招いているわけだから

ただ残された家族のことを考えるとやるせない気持ちになる…

そういう人に言いたいのはあなたには帰りを待つご家族が居ますよということと
救助に出る人達にも帰りを待つ家族がいるという事を忘れないで欲しいなと思う

今の私に出来ること

現在はNPO法人を脱退して個人的な捜索活動は行っていない、救助犬も引退しました。
遭難対策協議会には自分の所属している地区で事故があり、呼ばれれば出動する事はあるが、警察の要請のもと動いているので家族の感情に触れる事はない

私に出来ることがあるとすれば
雪崩というものを突き詰めて、発信をしていくという事だろうと思う
そのために「白馬雪崩の学び舎」を立ち上げて地域の勉強会を開催したり、サーチ&レスキューの講習会を行なったりしている。

10代の時は自分自身が雪山で遭難事故を起こして死にかけた(というよりあそこで1回死んでる、また別の機会に)
20代では遭難救助に携わり、残された家族の感情に触れてきた。
30代になった今の私は遭難した人の気持ちが痛いほどわかる、残されたご家族の感情にも触れてきたが自分がその状況に置かれたわけではないので真の意味では理解してないかもしれないが少しは分かるつもりだ…

今の白馬の現状を見ていると危ういなと思うことが多々ある
そうならないように自分なりに考え討論会を主催するなど行動している。

いつも思うのはだから言ったじゃんって言うような結末にならない事を願ってやまない

あなたも私も明日は我が身
そうならないように学び続けるしかないよね

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