2025-26シーズン、世界の雪崩事故を振り返る
2025-26シーズン、世界の雪崩事故を振り返る — 数字の裏にある「積雪構造の変化」
2025-26冬季シーズンは、雪崩による死亡事故が世界各地で相次いだ。
欧州では3月中旬時点で127名が命を落とし、年間平均の約100名をシーズン半ばにして超えた。米国カリフォルニア州では45年ぶり最悪の雪崩事故が発生し、9名が犠牲になった。イタリア南チロルでは25名が同時に巻き込まれる事故が起きた。
この記事では、今シーズンの主要な事故を振り返りながら、その背景にある積雪構造の問題を掘り下げる。
欧州:127名の死者、その内訳
欧州雪崩警報サービス(EAWS)の集計によると、2025年10月から2026年3月16日までの死者数は以下の通りだ。
- イタリア:33名
- フランス:31名
- オーストリア:29名
- その他の国を含めた合計:127名
欧州では例年、雪崩による年間死者数は約100名で推移している。今シーズンはシーズン半ばでこの数字を超えており、過去10年間で最も深刻なペースとなっている。
特にフランスでは、12月26日の最初の死亡事故から2月末までのわずか2か月間で28名が死亡した。同時期の平均は約8名であり、3倍以上の異常なペースだった。
積雪構造の問題:「持続型弱層」がシーズンを支配した
今シーズンの死者数増加の主因は、降雪量の多さではない。問題は積雪の内部構造にあった。
弱層はいつ、どう形成されたか
2025年11月初旬、アルプス全域で冷え込みが続いた。晴天が長引き、放射冷却が強まった。この時期の積雪はまだ浅く、地表との温度勾配が大きかったため、積雪内部に「しもざらめ雪」(faceted snow)が成長した。
この弱層が、いわゆる**持続型弱層(Persistent Weak Layer / PWL)**だ。
一度形成された持続型弱層は、その上に新しい雪が積もっても消えない。むしろ、上からの荷重が加わるほど、破壊的な雪崩を引き起こすポテンシャルを蓄積していく。今シーズンは、この弱層が11月から翌春まで数か月にわたって存在し続けた。
なぜ危険だったのか
持続型弱層の厄介な点は、**「見かけ上は安定している期間が長い」**ことだ。
危険度が2(留意)のときでも、弱層は積雪の内部に潜んでいる。表面の雪が安定しているからといって、その下が安全とは限らない。そして特定の地形条件——稜線付近、積雪が薄くなる場所、斜面の変わり目——で、突然破壊が起きる。
今シーズン、フランスで発生した致命的な事故の多くは、危険度3(警戒)〜4(非常に危険)の日に集中した。しかし、危険度2の日にも3件の死亡事故が起きている。
これは、持続型弱層が「確率は低いが、起きれば致命的」な雪崩を引き起こすことを示している。
犠牲者のプロファイル
今シーズンの犠牲者は、初心者ではなかった。
フランスの分析によると、死亡者には地元の経験豊富なスキーヤー、山岳会のメンバー、プロの山岳ガイド、そしてスキーパトロール隊員までが含まれていた。持続型弱層の判断の難しさは、経験では補えない場合があることを示している。
米国カリフォルニア:キャッスルピーク雪崩事故
事故の概要
2026年2月17日、カリフォルニア州レイクタホ北方のキャッスルピーク(標高2,776m)付近で、バックカントリースキーツアー中のグループが雪崩に巻き込まれた。
15名のグループ(うちガイド4名)は、Blackbird Mountain Guides社が主催する3日間のバックカントリー遠征に参加していた。最終日、帰路の途中で雪崩が発生し、9名が死亡した。米国における雪崩事故としては45年ぶりの最悪の規模となった。
気象条件と警報
事故当日、シエラネバダ山脈では記録的な降雪が続いていた。キャッスルピーク近郊のボリアルマウンテンスキーリゾートは、24時間で76cmの降雪を報告。一部の地域では毎時7〜10cmのペースで雪が降っていた。
米国気象局は2月17日早朝にレイクタホ地域に「雪崩警報(Avalanche Warning)」を発令していた。警報はD3サイズ(車や家屋を埋める規模)の雪崩が発生しうるとしていた。
ガイド会社と調査
Blackbird Mountain Guides社のガイドは全員、AMGA(米国山岳ガイド協会)のバックカントリースキー訓練または認定を受けており、AIARE(米国雪崩研究教育機関)のインストラクター資格も持っていた。
それでも事故は起きた。
カリフォルニア州労働安全衛生局(Cal/OSHA)がガイド会社への調査を開始し、ネバダ郡保安局は刑事過失の可能性を含む捜査に着手している。
この事故は、資格を持つプロのガイドであっても、極端な気象条件下での判断がいかに困難かを突きつけた。
イタリア南チロル:25名巻き込み、2名死亡
事故の概要
3月21日、イタリア・南チロル州ラッチングス近郊のホーエ・フェルセ(標高2,669m)の山腹で大規模な雪崩が発生した。
スキーヤー25名が巻き込まれ、2名が死亡、3名が重傷、2名が軽傷を負った。救助にはヘリコプター6機と約80名の救助隊員が投入された。
25名が同時に巻き込まれた意味
この事故で特に注目すべきは、25名という巻き込み人数の多さだ。
バックカントリーでの安全管理の基本原則のひとつに、「一度に斜面に入る人数を制限する」というものがある。全員が同時に斜面上にいれば、雪崩が発生した場合に全員が巻き込まれる。間隔を取り、1人ずつ、あるいは少人数ずつ移動することで、最悪の場合でも被害を限定できる。
25名が同時に巻き込まれたという事実は、この基本原則が守られていなかった可能性を示唆している。あるいは、予期しない場所で雪崩が発生し、回避する余地がなかった可能性もある。
コロラド州:シーズン初の死亡事故
3月7日、コロラド州ヴェイルパス南方のボスベイスン(Boss Basin)エリアで、単独のバックカントリースキーヤーが雪崩に巻き込まれ死亡した。
コロラド雪崩情報センター(CAIC)は、同州における2025-26シーズン初の雪崩死亡事故として記録している。コロラド州は例年、米国で最も雪崩死亡事故が多い州のひとつだが、今シーズンは3月まで死亡事故がなかったこと自体が異例だった。
気候変動と積雪構造の変化
今シーズンの事故を「多い年だった」で片付けるのは簡単だ。しかし、その背景にある積雪構造の変化に目を向ける必要がある。
気温変動の激しさが弱層を作る
フランスでは、2025-26冬季が観測史上4番目に暖かい冬となった。2月は1959年以降で最も降水量が多く、1900年以降で2番目に暖かかった。
問題は「暖かい」こと自体ではない。暖かい期間と寒い期間が交互に訪れることが問題だ。
寒冷期にしもざらめ雪(弱層)が形成され、その上に温暖期の湿った重い雪が積もる。この繰り返しが、内部に複数の弱層を含む複雑な積雪構造を作り出す。
こうした気温の振れ幅の拡大は、気候変動の特徴のひとつだ。平均気温が上がるだけでなく、極端な寒波と暖気が短い周期で入れ替わる。その結果、かつての「典型的な積雪構造」が通用しなくなりつつある。
日本の山岳地域にも共通する課題
日本の山岳地域でも、同様の傾向は確認されている。
2026年2月、斑尾高原スキー場で発生した雪崩は、地表直上に形成された融解凍結クラスト(氷板)が不透水層として機能し、その上に融雪水が滞留したことで発生した。夜間もプラス気温が継続する異例の暖冬傾向が背景にあった。
欧州で持続型弱層が猛威を振るい、日本で融解凍結クラストが問題を引き起こしている。メカニズムは異なるが、根底にある原因は同じだ。気候変動が、雪の「振る舞い」を変えている。
欧州雪崩危険度スケールの改訂議論
こうした状況を受け、EAWS(欧州雪崩警報サービス)は雪崩危険度スケールの改訂を検討している。
現在の5段階スケール(1: 小さい〜5: 非常に大きい)は1993年に導入されたもので、30年以上使われてきた。しかし、持続型弱層の危険性を現行のスケールで十分に伝えられているかという問題が指摘されている。
危険度2(留意)でも致命的な雪崩が起きうるのであれば、利用者にどう伝えるべきか。この議論は、日本の雪崩情報発信にとっても重要な示唆を含んでいる。
まとめ
2025-26シーズンの雪崩事故を振り返ると、いくつかの共通点が見える。
- 持続型弱層が長期間にわたって存在し続けた — 11月に形成された弱層が春まで消えなかった
- 経験豊富な人々も犠牲になった — ガイド、パトロール、地元スキーヤーが含まれていた
- 気象条件の極端化が積雪構造を複雑にした — 暖冬と寒波の繰り返しが弱層を生んだ
- 既存の警報システムの限界が見えた — 危険度2でも致命的な事故が起きた
雪崩は自然現象だ。ゼロにすることはできない。しかし、積雪構造の変化を理解し、観測し、記録し続けることで、リスクを減らすことはできる。
そのためには、現場での観測データの蓄積と、それに基づく判断基準のアップデートが不可欠だ。
アルプス雪崩研究所の活動
出典
- EAWS — Fatalities 2025/26
- Piste Hors — Review of the 2025/26 Winter Avalanche Conditions
- NBC News — A deadly South Tyrol avalanche kills 2 skiers, trapping 25
- CNN — California avalanche: backcountry skiers killed near Lake Tahoe
- CNN — Why have there been so many skiing deaths in Europe this year?
- Sierra Sun — The legal questions raised by the Castle Peak avalanche
- Colorado Sun — Report details Eagle County avalanche

