雪が降らなければ、水も来ない — 日本の渇水と雪崩そして「天然の白いダム」の科学
雪が降らなければ、水も来ない
日本の渇水と雪崩、そして「天然の白いダム」の科学
「水不足」と聞くと、どんなイメージが浮かびますか?
多くの人は「雨が降らないから」という答えが真っ先に浮かぶんじゃないかと思います。それは間違いではないんですが、実は日本の水資源を考えるうえで、もう一つ絶対に外せない視点がある。それが「雪」なんですよ。
2026年の春、日本は全国規模の渇水に直面しています。宇連ダムの貯水率がほぼ0%になったというニュースを見た方もいるんじゃないでしょうか。この記事では、その背景にある「雪と水と雪崩のつながり」を、できるだけわかりやすく解説してみます。
第1章:2026年春、日本の水が消えていく
「過去最少」の雨
2025年10月頃から、日本の太平洋側を中心に明らかにおかしな少雨傾向が続いています。2026年1月の西日本太平洋側の降水量は平年比でわずか9%。1946年に統計を取り始めて以来、過去最少の記録です。
「30年に一度の少雨」という表現が使われているんですが、実際にはそれを上回る規模で、西日本の日本海側でも平年比41%と過去最少を記録しました。いやぁ、数字で見るとあらためて驚きますね。
ダムが空になる
この少雨の影響は、全国のダムに直撃しています。2026年3月末時点で、20府県・40のダムで貯水率が平年を下回り、15水系18河川・湖で取水制限などの渇水対応が実施されている状況です。
具体的に見ていきましょう。
宇連ダム(愛知県)—— 貯水率 0.5%
最も深刻なのが愛知県新城市の宇連ダムです。3月17日についに貯水率が0%に達し、1968年の供用開始以来初めて、ダム底に張り付くようにできた水たまりからポンプで水をくみ上げる「緊急取水」が行われました。
3月30日時点で貯水率は0.5%。宇連・大島・地区内調整池を合わせた豊川用水全体でも7.8%しかない。農業用水は50%カット、工業用水も50%カット、水道用水でさえも30%カットという状況です。
原因はシンプルで、1月の降水量がわずか1mm。3月も24日までで43mm(平年199mm)。雨が降らなければ、ダムに水は貯まらない。当たり前の話ですが、その当たり前が崩れているんですよね。
宮ヶ瀬ダム(神奈川県)—— 過去最低を更新中
神奈川県の水がめである宮ヶ瀬ダムでは、貯水量が過去最低を更新し続けています。水位が約30メートル低下して、約40年前にダム建設で水没した集落の橋や道路標識が姿を現したというニュースがありましたよね。あの映像は衝撃的でした。
神奈川県は30年ぶりに渇水対策本部を設置。横浜市も異常渇水対策の警戒体制を確立しています。
その他の地域
- 高知県・大渡ダム:貯水率が過去最低を更新。取水制限は最大65%に達した。
- 四国・早明浦ダム:「四国の水瓶」と呼ばれるこのダムの貯水率は48.4%前後で推移。予断を許さない状況が続いている。
- 中部地方:天竜川と大井川でも取水制限が実施されている。
渇水は改善どころか、悪化・拡大傾向にある。これが今の日本の現状です。
第2章:「雪」とは何か —— 天然のダムとしての雪
ここまでは「雨が降らないからダムが空になる」という、直感的に理解できる話をしてきました。でも、渇水の問題は「雨」だけで理解しようとすると、どうしても見えてこないものがあるんですよ。
雨と雪の決定的な違い
雨と雪は、どちらも空から降ってくる水ですよね。でも、地上に到達した後の振る舞いがまったく違う。
雨の場合、降った瞬間から流れ出します。山に降った雨は斜面を伝って沢になり、沢が集まって河川になり、河川は海へ向かう。途中にダムがあればそこに貯まるけれど、ダムの容量には限界があるし、大雨が降れば洪水を防ぐために放流する必要もある。つまり、雨は「降ったその瞬間」にしか水を供給できないんです。
雪は違います。山岳地帯に降った雪は、気温が上がるまでその場に留まる。冬の間に少しずつ積み重なり、時には数メートルの深さになる。そして春から夏にかけて、気温の上昇とともにゆっくりと融けて、河川に水を供給する。この過程は、数週間から数ヶ月にわたって続きます。
米国政府のデータによれば、積雪から融雪、河川流量の増加までには通常60〜90日のタイムラグがあるとされています。
つまり、雪は「天然のダム」として機能しているんですよ。山全体が巨大な貯水池となって、水が最も必要な春から夏にかけて、安定的に水を供給する。この仕組みが今、壊れ始めている。
「積雪水量(SWE)」という指標
水資源の分野では、雪の「深さ」よりも「積雪水量(Snow Water Equivalent: SWE)」が重視されます。SWEとは、積もった雪が全部融けたらどれだけの水になるかを示す指標です。
例えば、積雪深が2メートルあっても、雪の密度が低ければSWEは小さい。逆に、積雪深が1メートルでも、密度の高い雪(ざらめ雪や締まった雪)であればSWEは大きくなります。雪崩を扱っていると、この密度という概念が本当に大事だなと日々実感しています。
このSWEが、春から夏にかけてどれだけの水が河川に供給されるかを左右する。そして、このSWEが極端に低下する現象を、米国では「Snow Drought(雪の干ばつ)」と呼びます。
第3章:雨が降っても、雪にならなければ意味がない?
Nature論文が示した事実
2020年、日本は記録的な暖冬を経験しました。あの冬を分析したNature誌の研究が、なかなか驚くべき事実を明らかにしています。
2020年の降水量自体は、前年(2019年)よりも多かったんです。つまり、空から降ってくる水の総量自体は十分にあった。にもかかわらず、日本の南部多雪地域の36河川流域のうち8流域で、積雪水量(SWE)が観測史上最低を記録しました。
原因は明快です。記録的な高温によって、本来なら雪として降るはずだった降水が、雨として降ってしまったんですよ。これが意味することは重大で、雨が降っても、雪として山に蓄えられなければ、春から夏の安定した水供給は確保できないということです。雨はその場で流れ去るが、雪は数ヶ月間山に留まり、必要な時期に水を供給する。この「時間差」が決定的に重要なんです。
「雪の干ばつ(Snow Drought)」という概念
Snow Droughtには2つのタイプがあります。
- 乾燥型(Dry Snow Drought):そもそも降水量が少なく、雪も少ない。今回の2026年の太平洋側がこれに近い。
- 温暖型(Warm Snow Drought):降水量はあるが、気温が高くて雪ではなく雨として降る。2020年の日本がこれだった。
どちらのタイプでも結果は同じで、山に雪が蓄えられず、春から夏にかけての融雪水が不足する。国土交通省も「水資源を融雪に多く依存する地域においては、春先以降の水利用や河川環境等に大きな影響が生じる可能性がある」と公式に警告していて、信濃川流域は融雪水への依存度が高い地域として名指しされています。
第4章:北アルプスでも雪が足りない
日本海側は雪が多いのに、なぜ?
2025-26年シーズンの降雪データを見ると、一見矛盾した現象が見えます。北日本の日本海側は平年よりかなり多い降雪(金沢で総降雪量200cm、平年143cm)なのに、東日本・太平洋側は過去最少の少雨という状況です。
つまり「雪がある場所」と「水が必要な場所」が分離している。
しかし、北アルプスを含む中部山岳地帯では、積雪量が例年を下回っている地点が多い。多くのスキー場が予定より早く営業を終了し、雪不足による廃止や休止が全国的に増加しています。私がフィールドにしている北アルプス周辺でも、明らかに例年と違う冬でした。
北アルプスの雪不足が意味すること
環境省の調査は、中部地域・北アルプス圏を対象に、以下のメカニズムを示しています。
気温上昇 → 降雪が降雨に変わる / 積雪量減少 → 積雪水量(SWE)の減少 → 融雪時期の早期化(春ではなく冬に溶ける) → 春〜夏に水がない → ダム貯水率低下 → 取水制限 → 渇水
シンプルに見えるけど、このメカニズムが実際に動き始めている 黒部川・神通川流域での分析では、温室効果ガスの排出が高いまま推移するシナリオでは、21世紀末までに積雪水量が大幅に減少すると予測されています。
中部地方整備局が天竜川・大井川で取水制限を実施しているという事実が、このメカニズムを端的に示しています。今太平洋側で起きている渇水と、北アルプスの雪不足は、地続きの問題なんです。
第5章:未来予測 —— これは「今年だけの異常」ではない
最新の研究が示す将来
Climate Dynamics誌に2025年に掲載された研究が、日本における気候変動の影響を予測しています。主な予測をざっくりまとめると、
- 夏の河川流量が減少する
- 冬の融雪流出が増加し、春の融雪流出が減少する(= 水が必要な時期に水がない)
- 連続渇水日数が前例のないレベルに達する可能性がある
これはかなり重大な予測ですよね。2026年に起きていることは「異常気象による一時的な問題」ではなく、気候変動によって今後さらに頻繁に、さらに深刻になる構造的な問題だということです。
2020年との比較
前回の記録的暖冬である2019-2020年と、今回の2025-2026年を比べると、どちらも「雪の干ばつ」という共通点がある。ただ、2020年は「降水はあるが雪にならない温暖型」、今回は「そもそも降水が少ない乾燥型」と、メカニズムが異なります。
気候変動が進むと、この2つのタイプが交互に、あるいは同時に発生するリスクが高まる。そのとき、日本の水資源はかつてない危機に直面することになる。私はそれが今から、かなり心配です。
第6章:雪崩と水資源 —— 意外なつながり
雪崩が水を守る?
ここまで読んできた方は、「雪が山に蓄えられることが水資源にとって重要」ということはイメージできたんじゃないかと思います。では、雪崩はどう関係するのか。
雪崩は、積もった雪が崩れ落ちる現象です。一見、雪を山から流してしまう破壊的な出来事のように見えますよね。でも、雪崩によって崩れ落ちた雪には、興味深い特性があります。
雪崩で砕かれた雪は、密度が上がる
自然に積もった新雪やこしまり雪の密度は比較的低い。しかし、雪崩によって砕砕・圧縮された雪(デブリや雪崩堆積物)は、密度が大幅に上がる。密度が高い雪は、太陽光を反射しやすく、空気との接触面積が小さいため、通常の積雪よりも融けにくい
結果として、雪崩によって谷に堆積した雪は、通常の積雪よりも長く山に残る。夏の間も残雪として存在し、ゆっくりと融けて大地を潤す。白馬大雪渓の雪渓が夏まで残るのは、まさにこのメカニズムのおかげです。 自然って本当によくできているなと思います。
「融雪を遅らせる」ことが適応策になる
科研費プロジェクトの研究で「森林管理による融雪遅延機能強化は温暖化による積雪減少に対する適応策となるか?」というテーマの研究があります。この研究が示したのは、「融雪を遅らせること」自体が、気候変動への有効な適応策になりうるということです。
これが雪崩制御と直接つながってきます。計画的な人工雪崩によって雪を砕き、密度の高い雪として谷に堆積させることは、まさに「融雪を遅らせる」ことに他ならない。
第7章:「天然の白いダム」—— 雪崩制御が水資源を守る
AARIのアプローチ
アルプス雪崩研究所(AARI)は、雪崩制御の専門機関として活動しています。その中核的なプロジェクトのひとつが、「天然の白いダム」構想です。
考え方はシンプルです。
- 計画的な人工雪崩によって、雪を谷に落とす
- 砕かれた雪は密度が上がり、通常の積雪よりも長く山に残る
- 夏まで残った雪がゆっくり融けて、春から夏にかけて安定的に水を供給する
雪崩リスクの低減(人命を守る)と水資源の確保(生活を守る)を同時に実現するアプローチです。白馬大雪渓での社会実験は、この構想を検証するための取り組みです。
なぜ今、これが必要なのか
2026年の渇水が示しているのは、「水がない」という単純な問題ではないんですよ。「水を蓄える仕組みが壊れ始めている」という、より深い構造的な問題だと私は考えています。
コンクリートのダムは人間が作った貯水装置だけれど、山の雪は自然が作った貯水装置です。気候変動によって後者の機能が失われつつある今、私たちには新しい適応策が必要で、雪崩を制御することは、人命を守ると同時に、水を守ることでもある。
これが、私がこの仕事を続けている理由のひとつでもあります。
まとめ:雪、水、雪崩 —— 3つはつながっている
最後に、この記事のポイントを整理しておきます。
- 日本は今、全国規模の渇水に直面している。20府県40ダムで貯水率が平年未満。宇連ダムは貯水率ほぼ0%。
- 渇水の原因は「雨不足」だけではない。雪が山に蓄えられなければ、春から夏の安定した水供給は確保できない。雪は「天然のダム」だ。
- 北アルプスでも雪が足りない。太平洋側の渇水と山岳地帯の雪不足は地続きの問題。
- これは今年だけの異常ではない。気候変動により、今後さらに頻繁に、深刻になる可能性が高い。
- 雪崩制御は水資源の確保にもつながる。人工雪崩で雪の密度を上げ、融雪を遅らせることは、気候変動への適応策として学術的にも支持されている。
雪が降らなければ、水も来ない。そして、雪を守ることは、水を守ることでもある。
あなたが普段使っている水が、どこから来ているのか 山を見ながら、そんなことを考えてみてもらえたら幸いです。
アルプス雪崩研究所の活動
参考文献・データソース
論文・研究
- Snow water scarcity induced by record-breaking warm winter in 2020 in Japan — Nature Scientific Reports (2020)
- Projected climate change impacts on hydrological droughts in Japan — Climate Dynamics (2025)
- Global snow drought hot spots and characteristics — PNAS (2020)
- 気温上昇が多雪山地流域の降雪・融雪・積雪水量に及ぼす影響 — CiNii Research
- Impact of weather regime on projected future changes in streamflow in a heavy snowfall area of Japan — Climate Dynamics (2022)
- 森林管理による融雪遅延機能強化 — 科研費プロジェクト
公的機関
- 国土交通省 渇水情報総合ポータル
- 環境省 A-PLAT — 降雪量と融雪時期の変化が水資源管理に与える影響
- 国土交通省 — 少雪・暖冬傾向における水資源への影響について
- Snow Drought — Drought.gov(米国政府)

